高齢入居者との契約期間中の問題として、高齢入居者の孤独死があります。
まず、これは孤独死だけの問題ではありませんが、高齢入居者が亡くなっても、それだけでは契約は終了しません。当然のことながら、高齢入居者の家財道具は部屋に残っていますので、明け渡しも完了していません。
従って、大家さんは高齢入居者の相続人と交渉して契約を解除し、その上で、高齢入居者の相続人に家財道具を片づけてもらい、部屋を明け渡してもらいます。ここでやっと明け渡しが完了しますので、大家さんは、この時点までの家賃や原状回復費用を請求することができます。
これまで、高齢入居者を受け入れるに当たって、契約時に注意すべき点や契約書に入れておくと役に立つ条項などを説明してきましたが、これからは、実際に高齢者の入居後に発生する問題について考えてみます。
高齢者の入居後に発生する問題として最も頭が痛いのは、高齢者に介護が必要となった場合の契約解除の可否と高齢者の死亡の場合の貸室の取扱いです。
前回は高齢入居者の認知症の程度が重度化した場合の契約の解除についての説明でしたが、それ以外にも契約期間内に賃貸借契約を終了させる必要が生じる場合はいろいろあります。
賃料不払いや用法違反などは高齢入居者に限らず一般的に生ずる頭の痛い問題ですが、高齢入居者の場合には、契約の途中から賃借人が賃借物件を利用しなくなるケースがしばしばみられます。典型的なケースとしては、高齢者の身体または精神に障害が生じたため長期療養を要することになった場合などがあります。本人や親族から事前または事後に連絡があればまだよいのですが、まったく連絡がない場合もあります。
前回説明したように、高齢入居者の場合、定期借家契約形態を選択するのが適切ですが、定期借家契約を選択しても、高齢入居者の認知症の程度が重く、賃貸借契約期間の満了を待つことができないときは、契約期間中であっても契約を解除するしかありません。
これから6回に渡って、高齢入居者を受け入れる際の法的問題点について検討します。ここで対象とする賃貸借は、サービス付き高齢者住宅などの高齢者すまい法の適用を受ける賃貸借ではなく、通常の賃貸借契約です。
まず、入居に当たって高齢入居者と賃貸借契約を締結することになりますが、ここで最初の法的問題として、契約形態をどうするか、すなわち通常の借家契約を選択するか定期借家契約を選択するか、が出てきます。
さて、第2回期日です。この日は借主も出頭しました。
事前に借主から、いろいろな事情や反論を書いた書面が提出されました。しかし、その内容は、「以前にこのアパートの建て替えの話があり、その時大家さんが、出て行ってくれるなら立ち退き料を払うと言ったから払って欲しい。」とか、「自分は今お金が無くて困っている。」という内容で、裁判で審理する必要のあるものではありませんでした。
このため、裁判官から、和解の勧告があり、結局1ヶ月後に明け渡すという内容の和解が成立しました。
私としては、5年も家賃を支払っていないこと、内容証明郵便の受け取りを拒否したこと、占有移転禁止の仮処分で執行官が部屋に行った時に居留守を使ったこと、明け渡しの訴えを起こさなければならなかったこと、既に内容証明郵便の発送から3ヶ月以上経過していることなどから、裁判官に1ヶ月の猶予を与える必要はないと強く言いました。
しかし、借主が、裁判官に、「現在職業訓練を受けていて、それが7月中に終わるので、それまで待って欲しい。」と泣きついたため、裁判官から、1ヶ月待ってあげて欲しいと強く言われました。このため、大家さんに確認を取って、1ヶ月後に明け渡すという内容の和解となりました。その代り、未払いの家賃は毎月1万円づつ払ってもらうことにしました。
借主は、和解で決められたとおり、8月2日に引越ししました。
明け渡しが完了しましたので、大家さんから15万円の報酬を受け取りました。
結局この事件では、平成23年3月28日に相談を受け、平成23年8月2日に明渡しが完了しましたので、約4ヶ月程度の期間がかかりました。
弁護士費用も、占有移転禁止の仮処分申立事件がありましたので、合計40万円になりました。
実費は、占有移転禁止の仮処分事件の保証金5万円と仮処分執行の予納金13,000円が帰ってきましたので、約50,480円でした。
いよいよ明渡しを求める訴えを提起して、裁判所での審理の始まりです。と言いたいところですが、実はそうはいきません。
ここが大家さんにとって困るところなのですが、訴えを起こしてから実質的な審理に入るまで、2ヶ月以上の期間がかかるのです。つまり、たとえば平成23年5月10日に訴状を裁判所に提出したとしても、実質的な審理が始まるのは、平成23年7月10日ころなのです。
こんなに時間が空いてしまう理由は3つあります。
- 1つ目の理由は、裁判所は、訴状を受け取ってから原則として1ヶ月以内に第1回目の期日を開かなければなりませんが、逆に言うと、大体1ヶ月後にしか第1回目の期日を開いてくれないということです。
- 2つ目の理由は、被告つまり借主は、裁判の第1回期日には、答弁書という書類を出しておけば出頭しなくてもよいということです。しかも、この答弁書には、「原告の請求の棄却を求める。」と書いてあればよく、詳しい反論を書く必要はありません。
- 3つめの理由は、1つの事件の裁判の期日は、原則として1ヶ月に1回しか開かれないということです。
この3つの理由から、平成23年5月10日に訴状を裁判所に提出したとしても、第1回目の期日が開かれるのは平成23年6月10日ころであり、しかも、そこでは、原告の訴状と被告の「原告の請求の棄却を求める。」と書かれている答弁書が読み上げられるだけです。そして、第2回期日は、大体1ヶ月後の平成23年7月10日に開かれるのです。
結局、大家さんとしては、今までの滞納に加えて、2ヶ月分の家賃の滞納が増えてしまいます。このため、大家さんの了解があれば、占有移転禁止の仮処分の後に訴えを提起するという順番ではなく、占有移転禁止の仮処分と明渡しの訴え提起を同時にやってしまう場合もあります。
この事件では、訴え提起が5月9日であり、第1回期日が6月8日午前10時に指定されましたが、案の定、被告(借主)は、答弁書を出しただけで出頭しませんでした。答弁書を出せば出頭しなくてもよいというのは、誰でも知っていることではありませんので、こうした対応をする被告(借主)は、今までにもこうした裁判の経験があるのかもしれません。
6月8日午前10時の第1回期日では、訴状と答弁書が読み上げられ(と言っても、実際に読むわけではなく、単に読み上げたことにするというだけの形式的手続ですが)、第2回期日が7月6日と決まりました。また、被告(借主)はこの第2回期日の1週間前までに反論を書いた書面を裁判所に提出することも決まりました。
第2回期日の様子は、次回に。。。
仮処分命令の執行のとき、借主は、「よく考えて後で連絡する。」と言ってくれましたが、結局連絡はありませんでした。
まあ、5年も家賃を滞納して、内容証明郵便を受け取らず、仮処分執行のときも居留守を使うような相手ですから、簡単には出て行かないとは予想はしていました。
そこで、貸している部屋の明け渡しを求める訴えを、貸している部屋の住所地を管轄する裁判所に提起しました。
占有移転禁止の仮処分命令の申立書と明渡しを求める訴えの訴状は、書くべきことが実質的に同じですし、証拠や資料も占有移転禁止の仮処分命令の申立書を作るときに集めましたので、訴状は直ぐに作ることができました。訴えの提起にかかった費用は、裁判所に納める印紙代2,000円と切手代6,000円でした。明渡しを求める訴えを提起するときに必要なる印紙代は、明け渡しを求める部屋の固定資産評価額によって決まります。アパートなどでは、建物全体の固定資産額を各部屋の面積で按分し、その金額によって決めます。ですから、同じように明け渡しを求める場合でも、固定資産評価額の低い古いアパートの1部屋の場合は、印紙代は安くなりますが、固定資産評価額の高い新しいマンションの1部屋の場合は、印紙代は高くなります。
ちなみに、ここまでにかかった時間と費用を、まとめてみましょう。
日付 | 項目 | 弁護士費用 | 実費 |
---|---|---|---|
3/28 | 相談 | 150,000円 | |
4/2 | 内容証明郵便(解除通知)発送 | ||
4/11 | 内容証明郵便返却 | 切手代 1,470円 | |
4/16 | 解除通知を借主の郵便受けに投函 | ||
4/18 | 占有移転禁止の仮処分命令申立 | 100,000円 | 印紙及び切手代 4,010円 |
4/25 | 占有移転禁止の仮処分命令発令 | 保証金 50,000円 | |
4/26 | 仮処分執行の申立 | 予納金 30,000円 | |
4/27 | 仮処分執行 | 鍵屋さん費用 25,000円 | |
5/9 | 訴え提起 | 印紙及び切手代 8,000円 |
ここまでで、時間的には約1ヶ月半、費用的には368,480円がかかっています
訴え提起後の経緯については、次回に。。。
今回は、占有移転禁止の仮処分命令の執行です。
裁判所から占有移転禁止の仮処分命令を出た場合は、裁判所にいる執行官という人にお願いして、仮処分命令の対象となった部屋に行ってもらい、仮処分命令の執行をしてもらいます。
執行官というのは、裁判所の職員ですが、裁判所の裁判官や書記官とは異なり、裁判所で事件の審理をするのではなく、判決や命令を実現する作業(これを執行といいます。)を行なう人です。イメージとしては、裁判所の中の独立実行部隊という感じです。
また、仮処分命令の執行とは、執行官が、仮処分命令の対象となった部屋に行き、部屋に借主が居ても居なくても強制的に部屋に入り、部屋の中を確認します。その上で、借主が部屋にいれば、借主に仮処分命令が出たことを伝え、その部屋を他の人に使わせてはならないと書いた「公示書」を、部屋の中の見えやすい所に貼ります。
これによって、借主は勿論、この部屋を訪れた人は、「公示書」を見て、占有移転禁止の仮処分が出ていることを知ることができます。
今回の事件でも、仮処分命令が出た後、直ちに仮処分執行の申立てをして、仮処分執行をしてもらいました。
執行当日は、この部屋のあるアパートの前で、執行官、立会人、鍵屋さんと落ち合い、執行を行ないました。まず、執行官が対象となる部屋の前に立ち、ドアをノックして借主の名前を2~3回呼びました。返事がないので、大家さんの持っている合い鍵でドアを開けようとしましたが、いつの間にか鍵が変えられていて開きません。そこで、予め呼んでおいた鍵屋さんにドアの鍵を開けてもらいました。ごく普通のアパートの鍵ですので、プロの鍵屋さんは、あっと言う間に開けてしまいました。
鍵が開いたので、ドアを開けて中に入ろうとしたとき、何と、目の前に借主が居て、「勝手に人の家のドアを開けるなよ。」と立ちはだかりました。居留守を使っていたのです。これに対して、執行官は怯むことなく、「裁判所の命令できました。中に入る権限があります。」と身分証明書を見せながら力強く言い切りました。借主は、執行官の迫力に押され、黙り込んでしまいました。
執行官は、部屋の中に入ろうとしましたが、借主は、「できれば、外で話しませんか。」と今度は丁寧に言いました。しかし、執行官は、「いや、中を見せてもらいます。」と言って、部屋の中に入っていき、部屋の中の様子を確認しました。執行官は、その職務として、執行申立書添付の図面と実際の部屋の間取りなどを対照して、執行した部屋が間違っていないか、部屋の中に別の者がいないかなどを確認し、その上で、その部屋を他の人に使わせてはならないと書いた「公示書」を見やすい位置に貼りました。これで、執行は終わりです。
その場で、私は、借主に対して、「何とか裁判までしないで、出て行ってもらえませんか。」と話し合いを持ちかけました。借主は、簡単に追い出されることはないと高をくくっていたようですが、執行という裁判所の力を目の当たりにしたので、かなり弱気になったようです。借主は、「仕事がない」とか「行くところがない」というような自分の置かれている状況を説明したした上で、「よく考えて後で連絡する。」と言ってくれました。
これが、仮処分命令執行です。もちろん、もっと激しく抵抗する借主もいます。
この仮処分執行にかかった費用は、執行官に納める執行費用の予納金30,000円と鍵屋さんの費用25,000円の合計55,000円でした。もっとも、執行費用の予納金30,000円のうち約14,000円は、後で戻ってきましたので、実際には、31,000円の実費がかかったことになります。