さて、今回は、占有移転禁止の仮処分です。
明渡しの訴えを提起する場合、原告は大家さんであり、被告は、現実に部屋を使用している人間であり、通常は借主です。
例えば、田中一郎(仮名)さんという人が借主ならば、この田中一郎さんを被告にして、明渡しの訴えを起こします。
しかし、もし借主が部屋からいなくなり、正体不明の人間が部屋を使用していると、その正体不明の人が現実に部屋を使用している人ですから、その正体不明の人を被告としなければならなくなります。
ところが、正体不明ということは、名前も素性も分からないので、裁判を起こすことが困難となります(当然、こういう輩は、部屋を訪ねて名前や素性を聞いても、答えません。)。借主が悪質な人間であり、借家のトラブルについての法律的な知識があると、裁判をさせないように、自分はその部屋から居なくなり、他の正体不明な人を住ませるという妨害行為をしてくるおそれがあります。
そこで、もし、借主が、上記のような行動に出そうだという場合は、裁判所に「占有移転禁止の仮処分」の申立をして、借主が、借りている部屋を他の人間に使用させることを禁止する命令を、裁判所から出してもらうことができます。
この命令が出ると、借主が、借りている部屋を他の人間に使用させることは禁止され、もし、他の人間がその部屋に入り込んで使用しても、借主を相手に明渡し訴訟をして勝訴すれば、その判決に基づく明渡し執行で、借主だけでなく、その正体不明の人間も、立ち退かせることができます。
今回のケースでは、借主は、5年も家賃を払っていない上、内容証明郵便の受取りを拒否するなど極めて不誠実な人間であり、また、働いている気配もないので、部屋を他の者に使わせ、その者からお金を取ることも考えられました。
そこで、大家さんと相談し、裁判を始める前に、占有移転禁止の仮処分命令を出してもらうように裁判所に申し立てることになりました。
「大家さんと相談して」と書きましたが、この仮処分命令の申立ては、借主が、借りている部屋を他の人間に使用させるおそれがなければ、やる必要はありません。
また、裁判所は、申立てをしてから数日から1週間以内に、原則として相手方の反論を聞かないで、占有移転禁止の仮処分命令を出してくれますが、短期間に相手の反論を聞かないで命令を出す代りに、保証金(大体家賃の1から2ヶ月分)を法務局に預けなければなりません(この保証金は、明渡しの裁判に勝てば、全額戻ってきます。)。
さらに、大変申し訳ないことに、弁護士としては、この申立の準備には結構手間がかかるので、別料金(10万円)をいただくことになります。
ですから、大家さんとよく相談して、この申立てをするかどうかを決める必要があるのです。
今回の件でも、大家さんに、上記の事情をよく説明して、申立てをするかどうか考えてもらいました。大家さんは、やはり今回の借主が不誠実な人で、何をするか分からないから、申立てをして欲しいという結論になりました。