今後について
- 最高裁判所は、いつ、どんな判決を出すのか。
- 更新料返還請求の裁判は多発するか。
- 大家さんの対策
1 最高裁判所は、いつ、どんな判決を出すのか。
今回の判決は高等裁判所の判決ですが、今回の判決についてはもちろん、他のいくつかの事件の高等裁判所の判決についても、現在最高裁判所で審理されています。
最高裁判所が、いつ、どんな判決を下すのかは、簡単に予想することはできません。
まず、「いつ」という点ですが、私にも上告事件の経験がありますが、上告後、最高裁判所から1年間や2年間何も言ってこないなどいうことはよくあります。ですから、いつ最高裁判所が結論を出すかは分かりません。
特に、最高裁判所の判断は法的には最終的な判断であり、一旦最高裁判所の判断が出れば、裁判実務ひいては賃貸業界の実務は、すべてこの最高裁判所の判断に従って動き始めます。従って、社会的に大きな影響があるので、最高裁判所も慎重に審理するでしょう。それだけ時間もかかります。
次に、「どんな判決」ですが、これも本当に予想がつきません。
今回の大阪高裁の判決が述べているように、更新料が法律的に説明のつかないものであることは、否定できないように思えます。
しかし、消費者契約法10条によって無効とすることができるかという点から見ると、既にお話ししたように、アパートやマンションの賃貸借契約は、次のような特徴があります。
- ①
- 借りる側もインターネットで簡単に情報を集め、物件を比較することができる。
- ②
- 契約内容も複雑ではない。
- ③
- 現在の賃貸アパート・マンション市場では、借りる側が、選ぶ自由を持っていて、条件が悪ければ借りなければよい。
従って、貸す側の大家さんや不動産業者と借りる側の賃借人との間で、情報力、交渉力の格差が著しいとはなかなか言えないと思います。
ですから、更新料条項は、「その内容がかなりひどいもので、消費者の利益を一方的に害している」とは言えず、消費者契約法10条に該当しないと言うこともできます。
2 更新料返還請求の裁判は多発するか。
最高裁判所が、いつ、どんな判決を下すのかは、簡単に予想することはできませんが、仮に最高裁判所が更新料条項を無効とする判決を出したとすると、巷で噂されているように更新料返還請求の裁判が多発するでしょうか。
私は、たとえ最高裁判所が更新料条項を無効とする判決を出したとしても、ある種類の大家さんを除いて、更新料返還請求裁判が多発することはないと考えています。その理由は、次の2つです。
(理由1) 更新料返還請求の裁判は手間と時間のかかる裁判である。
まず、今回の大阪高裁の判決は、次のように明言しています。
「一般的に賃貸借契約で定められている更新料条項が消費者契約法10条により無効であるか否かを検討するのではなく、あくまでも、本件賃貸借契約を巡る具体的な事実関係のもとにおいて、本件更新料条項が消費者契約法10条により無効でるか否かについて、以下判断することになる。」
つまり、更新料条項は何でもかんでも一律に無効となるのではなく、具体的な事件の事実関係によって、有効となることもあれば無効となることもあるということです。
繰り返しになりますが、今回の大阪高裁の判決の事実関係は、次のとおりです。
賃貸物件 | ワンルームマンション(鉄筋コンクリート造3階建てマンションの1部屋) | |
---|---|---|
面積 | 25.75㎡ | |
間取り | 1K | |
築年 | 平成14年6月6日(その後、改築・補修なし) | |
所在 | 京都市郊外 京都市営地下鉄駅の駅からバス15分 徒歩1分 | |
契約内容 | 契約日 | 平成18年3月3日 |
契約期間 | 2年 | |
家賃 | 月額5万3000円(+共益費5000円) | |
更新料 | 2年毎の契約更新時に10万6000円 | |
更新手数料 | 1万5000円 | |
敷金 | 30万円 | |
敷引き特約 | 有(契約終了時に15万円を敷引き) | |
敷引き以外に原状回復費の負担有り | ||
当事者 | 大家さん | 60歳を超える個人 2棟の小規模マンションの賃貸経営者 |
借家人 | 24歳のアルバイト勤務者 大学法学部を卒業 本件賃貸借契約締結後、法科大学院入学 |
|
仲介業者 | 近隣の不動産仲介業者 |
上記の事実関係は、私が判決から拾い上げただけですから、これ以外にも、当事者双方からいろいろな事実関係の主張があり、判決にも、そのたくさんの事実関係が書かれています。この結果、本件の判決は、A4判の紙にびっちり書いたものが34ページにも及んでいます。
つまり、更新料返還請求の裁判は、弁護士にとっても裁判官にとっても、時間と手間のかかる面倒くさい裁判なのです。このため、更新料返還請求の裁判は、マニュアル化して大量に受任することが難しい事件なのです。
(理由2) パフォーマンスが悪く引き受ける弁護士が少ない。
では、弁護士にとってのパフォーマンスはどうでしょう。
更新料条項が無効だというのは、消費者契約法10条を根拠にしていますが、消費者契約法が施行されたのは平成13年4月1日であり、消費者契約法は施行後に締結された契約だけに適用されます。つまり、更新料返還請求の裁判は、平成13年4月1日以降に締結された賃貸借契約だけがターゲットになるのです。
関東と関西では事情が違いますが、関東では、通常2年契約で更新料は賃料の1ヶ月分という契約が多いと思います。そうすると、平成13年4月1日以降に契約された賃貸借契約を対象にした場合、現時点で4回更新があったことになり、賃料の1ヶ月分の更新料を4回払っていることになります。賃料の額は、月額5万円から15万円くらいの間というのが最も多いと思いますので、最高の15万円を想定しても、4回分の更新料は60万円にしかなりません。つまり、更新料返還請求の裁判は、高くても1件60万円を請求する訴訟と言うことになります。60万円を請求する裁判の弁護士費用は、全部ひっくるめて15万円程度が限度でしょう。もちろん、弁護士費用は自由化されていますから、もっと高い弁護士費用をとってもいいのですが、依頼者は、「そんなに高いなら裁判なんかしない。」と言うでしょう。しかも、この想定は、賃料が月額15万円の場合ですから、賃料が月額8万円とか9万円ということになると、返還請求額も32万円とか36万円になります。そうすると、弁護士費用も10万円が限度ではないでしょうか。
先ほどお話ししたように、更新料返還請求の裁判は、弁護士にとって手間と時間のかかる面倒くさい裁判であり、マニュアル化して大量に受任することが難しい事件です。それにもかかわらず、10万円から15万円くらいしかもらえないとすると、弁護士にとってのコストパフォーマンスは高いとは言えません。
最近はテレビでコマーシャルをしている法律事務所があり、そういうところがばんばん引き受けてやるのではないかと思うかもしれませんが、テレビでコマーシャルをしている法律事務所がやっている仕事は、ほとんど借金の整理です。しかも、借金の整理の中でも、消費者金融などから払いすぎた利息を返してもらう事件が中心です。この払いすぎた利息を返してもらう事件というのは、極めて簡単でマニュアル化でき大量に受任できます。しかも、取り戻すことができる利息は、更新料の返還とは桁の違う何百万にもなり、1件の弁護士費用は、大体取り戻した利息の4分の1から3分の1です。例えば、ある人の依頼を受けて借金の整理をしたところ、払いすぎた利息を400万円取り戻すことができたとすると、100万円から130万円くらの弁護士費用がもらえます。借金の整理の事件では、こんな事件はごろごろしています。あまりにも沢山の人が、消費者金融に対して払いすぎた利息を返せという裁判を起こしたので、消費者金融のトップだった武富士は倒産したのです。
テレビでコマーシャルをしている法律事務所というのは、こういう借金の整理を何百、何千と大量に受任し、しかも、高額の弁護士費用をとっているのです。そりゃ、テレビコマーシャルの広告料くらい簡単に出せるわなーという感じです。
ここでのポイントは、①極めて簡単でマニュアル化でき大量に受任できることと②弁護士費用が高いことですが、幸いなことに、更新料返還を求める裁判は、この逆であり、弁護士にとって時間と手間のかかる面倒くさい裁判であり、マニュアル化して大量に受任することが難しく、しかも、返還請求額が少なく、そのために弁護士費用が高くない裁判なのです。もちろん、弁護士ですから、こういう割に合わない事件でも、依頼があれば引き受けなければなりませんが、敢えて自分から手を挙げて引き受けようという弁護士は少ないと思います。
ただ、ある程度まとまった金額の返還請求になれば、引き受ける弁護士はいるでしょう。たとえば、同じ大家さんが100室くらいアパートを持っていて1室10万円で貸していいたとします。しかも、アパートの立地条件、更新料条項を含む契約内容、契約を管理している不動産会社が同じということになると、このアパートの借主の依頼を受けて更新料返還の裁判を起こす場合、かなりまとまった金額を請求できる可能性があります。この大家さんのアパートの100室の借主が全員裁判を起こすとすると、次の計算のように、請求額は4000万円になります。
1回の更新料10万円 × 更新4回 × 100室 = 4000万円
同じ大家さんが相手だし、アパートの立地条件、更新料条項を含む契約内容、契約を管理している不動産会社が同じということになると、誰か1人分の訴状を書けば、ほとんど他の人にも利用できるので、手間も省けます。
もちろん、原告が100人いても、同じ被告に対する同じ内容の請求ですので、1つの手続きで裁判を進めることができます。ですから、その後の裁判での主張書面の提出、証拠の提出、証拠調べも、100人の原告の共通する部分は、1人分で済みます。よくある集団訴訟というものです。私も、ある倒産した保険会社相手に、600人の原告を1人で担当したことがあります。原告が600人いても、主張や証拠が共通している部分は、1人分の書類や証拠を出せば足り、1人の弁護士でも対処できました。
ですから、1人の大家さんで、多数の貸室を抱えていて、立地条件、更新料条項を含む契約内容、契約を管理している不動産会社が同じというような方は、更新料返還請求の格好のターゲットになります。
私は、前に「たとえ最高裁判所が更新料条項を無効とする判決を出したとしても、ある種類の大家さんを除いて、更新料返還請求裁判が多発することはないと考えています。」と書きましたが、この「ある種類の大家さん」というのは、上記のような大家さんです。
3 大家さんの対策
やはり今後は、更新料条項は止めた方がいいでしょう。
どうしても更新料をとるというのであれば、更新料を取る契約と更新料を取らない契約の2本立てにして、どちらをとるか借主に選択させる。もちろん、更新料をとらない契約の賃料は、更新料をとる契約の賃料よりも高くする、また、更新料をとる契約では、更新契約後に中途で退去した場合には、更新料を精算する条項を入れるなどの工夫が必要です。
アパートやマンションの賃貸借では、一旦契約して借主が入居してしまうと、ほとんど出て行ってもらうことができません。賃料不払いなどがない限り、半永久的に借りられてしまいます。それなのに、更新料がないのは納得できないという大家さんもいるかもしれませんが、
しかし、更新料がないと採算が合わないというのであれば、更新領分を上乗せした賃料を設定すべきです。また、半永久的に借りられてしまうという点は、更新料で対処するのではなく、定期借家契約で対処すべきです。
(終)