前回お話ししたように、消費者契約法10条によると、次の2つの条件にあてはまる契約条項は、無効になります。
- 一般の法律の規定より消費者の義務を重くする規定であること
- その内容がかなりひどいもので、消費者の利益を一方的に害していること
更新料条項は、残念ながら、「一般の法律の規定より消費者の義務を重くする規定である」と言えます。
では、「2 その内容がかなりひどいもので、消費者の利益を一方的に害していること」という点は、どうでしょうか。
この点について、今回の判決は、「契約条項の内容、契約当事者の有する情報力、交渉力の格差の程度、更新料条項を無効とすることにより事業者が受ける不利益等諸般の事情を総合的に考慮して、判断すべきである。」としています。
たとえば金融商品などの場合、契約の内容が専門的で複雑であり、しかも、金融業者は知識も情報も豊富に持っています。ですから、当然、一般の消費者と金融業者とでは、交渉力に格差が出ます。
しかし、賃貸マンションの契約の場合、今の時代、借りる側もインターネットで簡単に情報を集め、物件を比較することができます。また、契約内容も、きちんと説明してもらえば理解できる程度のものです。しかも、最近では、賃貸アパート・マンションの空室率は高く、買い手市場になっていますから、大家さんや不動産屋さんが圧倒的に有利ということもありません。借りる側が、選ぶ自由を持っていて、条件が悪ければ借りなければいいという状況にあります。
さらに、本件の特殊性として、本件の借家人は、年齢は24歳であり、大学法学部を卒業し、法科大学院入学が決っていた人でした。ですから、もしかすると、法律的な知識では、不動産屋さんより上だったかもしれません。
つまり、アパート・マンションの賃貸契約では、
- 1
- 借りる側もインターネットで簡単に情報を集め、物件を比較することができる
- 2
- 契約内容も複雑ではない
- 3
- 現在の賃貸アパート・マンション市場では、借りる側が、選ぶ自由を持っていて、条件が悪ければ借りなければよい
のであり、しかも、本件の特殊性として、
- 4
- 借家人は、大学法学部を卒業している上、法科大学院入学が決っており、法律的な知識を持っていた
のです。
これらの事情を総合的に考えてみると、果たして本件の契約交渉を担当した不動産業者と賃借人との間で、情報力、交渉力の格差が著しかったと言えるでしょうか。私は、そんなことは言えないと思います。
ところが、本判決は、
- 本件の賃借人はアルバイトが忙しかったので、事前に他の賃貸物件の内容や賃貸条件を調べる時間的な余裕がなく、本件の不動産屋に飛び込んで、十分な検討もしないまま本件ワンルームマンションの賃借を決定した。 とか、
- 一般の人は、賃貸物件を決めるに際し、事前に時間をかけて賃貸物件情報を調査・検討し、賃貸人にから示された契約内容や条件を吟味し、他の物件と比較した上、賃貸物件を決める人は少ない。
などという理由を挙げて、本件の不動産業者と賃借人とでは、情報力、交渉力の格差が著しかった(本件の賃借人の情報力、交渉力が著しく劣っていた)としています。
しかし、1については、単に本件の賃借人が、きちんと契約内容や条件を吟味しようとすればできたのに、自分の都合でしなかったというだけのことです。情報収集、比較検討、交渉を「できるのにしなかった」というのと、「できない」というのでは、まったく評価が違うはずです。
また、2については、この判決を書いた裁判官は、自分でアパートやマンションを借りたことがないのではないかと思えるくらい、まったく現実を無視しています。おそらく、高等裁判所の裁判官は年齢の高い人が多く、長い間官舎で暮らしているので、自分が学生だった30年以上前のアパート・マンションの賃貸契約の体験しかないのではないでしょうか。今時、アパート・マンションを借りる人は、インターネットで情報を集め、実際に複数の物件を見て、物件と契約内容・条件を比較検討して、十分納得してから契約するのが普通です。
しかも、本判決は、更新料条項が無効になっても、賃借人からわずか10万6000円の更新料が取れなくなるだけで、大家さんには大した不利益はないと言っています。
これも、現在の賃貸アパート・マンションの実態を知らないと言うほかありません。更新料収入も含めた収入を前提として資金計画を立てたり、更新料収入を修繕費に充てたりしている大家さんは多く、更新料が入らないとローンの返済に支障がでたり、修繕の費用が足りなくなったりするのです。
こうした点を考えると、本件判決のこの部分は、どうも乱暴な理由が多く、先に結論があって、それに合わせて理由を付けたような気がします。